2025秋・EU上映ツアー in ドイツ編②

2025年9月下旬から11月上旬にかけて、フランス、ドイツ、フランスと上映会が行われました。
前回に引き続き、梶川ゆうさんからのレポートです!

25年10月4日カイザースラウテルン市ウニオン映画館での上映会
主催:Friedensinitiative Westpfalz西プファルツ地方平和イニシアチブNPO

カイザースラウテルンはサッカーファンには馴染みの深い名前だが、それ以外は特別に大きな都市ではない。しかし、このカイザースラウテルンから約9.5㎞ほどのところにヨーロッパ最大のアメリカ空軍基地ラムシュタインがあり、ヨーロッパに駐留する米空軍部隊を統轄するアメリカ空軍司令部、そしてNATO軍の航空部隊を統轄する連合航空軍司令部もある。ここからイラクやアフガニスタンなどに航空部隊を送り込む司令が出されたのだ。そのこともあって、ここでの平和運動は長い。上映会を主催してくれた平和イニシアチブも歴史が長く、ずっと軍縮、核兵器反対、武器輸出反対の運動を続けてきたグループだ。彼らは毎年一度、自分たちのテーマに合う映画を見つけては、町のアートハウスシネマであるウニオン映画館の協力を得て、上映会をしているという。今年はヒロシマ・ナガサキ原爆投下から80年ということがあったので、ぜひ核兵器に関する映画を上映したいと思っていたところ、サイレントフォールアウトの話を聞いて、私に連絡してくれたのだった。

上映会前日の10月3日の金曜はドイツ再統一の日で休日で「長い週末」となり、ここでの上映会は土曜日でその長い週末の中日であったこと、それからあいにく雨天で、人の出足が悪く、主催者側が残念がっていたが、合計17人だった。

主催者グループの代表の人が映画の前挨拶し、上映後彼の司会で私が話をして、会場からの質問・感想を受けた。長いこと平和運動に携わっているという男性は、「こういう映画を見て、核兵器が人間とは共存しないことを何度も言い聞かせていないと、人間はすぐ嫌なことは忘れたり抑圧したりする。こういう映画をつくってくれたことに感謝する」と語り、もう一人の女性は、「私はこれほどアメリカ自体も汚染されているということは知らなかった。ドイツはチェルノブイリでかなり意識が広まったし、ドイツでもどんなに汚染が広がっているかということを知ったが、本当に地球はこうしてみると小さく、アメリカが自分の国民も危険を知っていながら放射能汚染を続けたことが信じられない」という感想だった。あまりたくさん質問は出ず、どの人も映画の内容に圧倒されているようだった。

主催者グループの一人で司会をしてくれた人は、職業が歯医者だそうで、あれだけ乳歯を集めて検査した、という事実が感慨無量だったそうだ。 最後に、映画を見た人が口々に、伊東監督の健康回復を祈ると同時に、これからもいい映画を作ってほしい、次の映画ができたら、それも教えてほしい、と言っていた。

2025年10月5日ハノーファー市ラッシュ広場映画館での上映会
主催:ハノーファー市独日協会

ハノーファー市の独日協会では、よそものネットのメンバーでもある田口理穂さんが理事を務めており、彼女がもう一人のメンバーで「ヒロシマ連盟」という平和運動にも携わっていて独日協会のメンバーでもあるドイツ人女性と二人で、このサイレントフォールアウトをぜひハノーファーでも上映したいと努力してくれたため、この上映会が実現した。ラッシュ広場映画館というのはハノーファー中央駅すぐそばにある「アートハウスシネマ」で、この日曜日のマチネで上映してくれることになった。

10月3日の金曜がドイツ再統一の日で休日であったため、「長い週末」であったこと、そして北海の方で突風を伴う大雨が発生した影響で天気が悪く、人の出足が鈍ったこともあり、昨日のカイザースラウテルンに続き、今日の参加者も少なかった。私が数えたところで16人。でも、ブラウンシュヴァイクでの上映会に参加できなかったから、とわざわざザルツギッターから訪れたカップルもいた。ほとんどの人が、独日協会からの案内で上映会に訪れたようだった。

田口理穂さんが急な病気で入院されたため欠席だったのは残念だったが、独日協会の別の理事の方が挨拶を述べてから、サイレントフォールアウトの上映、そしてそのあとに私が話をした。参加者は、まず映画鑑賞直後はかなり感銘を受けているようで、質問よりは、よくこれだけのリサーチをしてアメリカでの被ばくの実態を問題提起してくれた、アメリカ人も他人事のように思わず、自分たちも同じように被害者、被ばくをしているのだという自覚を持ってほしい、という意見が出た。アメリカでこの映画を上映したのか、その反応はどうだったか、という質問では、伊東監督がすでにアメリカツアーを去年行ったが、これは自主上映会のようなものだったこともあり、動員数をあまり多くできなかったが、アメリカで供給会社がみつかったので、来年はもっとしっかり各地で上映できるのではないか、と答えておいた(当たっていますか?)。

あとは、伊東監督が同じテーマで次の作品も準備中であることも話した。もう一人の男性は、チェルノブイリ事故発生後、彼のこどもがまだ小さく、近くの公園が閉鎖され、しばらく外で遊ばせなかったことを思い出した。あの時は、ちょっと時間を置いたら「もう大丈夫」というような「解除」が州知事から出され、子どもたちはまた皆、何もなかったように普通に遊ぶようになった。もしかしたらあの時の「大丈夫」の根拠はなかったのかもしれない、と語った。

ハノーファー市独日協会のメンバーで、ヒロシマ連盟という組織にも加わって平和運動をしているという女性は、来年1月末に核兵器禁止条約発効(2021年1月22日)5年を記念したイベントを予定しているので、ここでもぜひこの映画をもう一度ハノーファーのIPPNWグループと一緒に上映したい、詳細が決まったら、また私を通じて伊東監督にお願いするので、その際にはぜひ上映を許してほしい、という話だった。 最後に、主催者であるハノーファー市独日協会の理事メンバーに遅い昼食に招待され、一緒に会食したが、皆、この映画を作ってドイツでも上映してくれたことはとても有意義だった、感謝する、ということで、ことに伊東監督には、くれぐれもお大事にして早く健康を取り戻し、次の映画に向けて活躍してほしい、というメッセージをいただいた。


この記事を書いた人

村田くみ