SFジャーナル : 『アンダー・ザ・クラウド』が記す不都合な真実(取材メモからvol.1)

映画「サイレント・フォールアウト」は4000ページに及ぶ資料と、30人もの人のインタビューで構成されています。
その中で、印象深いエピソード、取材メモなどから紹介していきたいと思います。(取材者さんたちから許可は得ています)
1回目はリチャード・ミラーさんの『アンダー・ザ・クラウド』から、です。

じつはネバダで行われた100回の大気圏内核実験では、連邦政府は「どのように原子雲は流れていったのか」と、放射性降下物を含んだ雲の流れを記録していました。それだけでなく政府は「ラーク・フライト」と呼ぶ飛行機をアメリカ全土の隅々まで飛ばして実際に放射性降下物の雲が全土にまたがっていくのを追跡したのです。
その「雲の経路」を一つずつアメリカ大陸の地図の上になぞったのがリチャード・ミラーさんです。
ミラーさんはヒューストン在住で、「どうしてそこに住んでいるのか」と監督が質問すると、「最も汚染が少ないから」と答えたそうです。

『アンダー・ザ・クラウド』を見ながらミラーさんに質問するヲタク

ミラーさんが出版した『アンダー・ザ・クラウド(UNDER THE CLOUD)』は、厚さ3センチの本が、5巻で1セットになっていて、内4巻は膨大なデータベースとなっているそうです。一部、監督が独自に邦訳したもので、映画には出てきていないエピソードのいくつかを書籍『サイレント・フォールアウト』に収録しました。

バスター・ジャングル作戦(1951年10月22日〜11月29日)の4回目、「Dog(11月1日)」実験を目撃した記者の記述です。

「ニューヨーク・タイムズ紙のグラッドウィン・ヒル記者の記述にはこう書かれていた。
〈直径約1マイル(約1.6㎞)の白い球は、黒い「幹」からほとんど離れ、チャールストン山に向かって急速に進んでいた。山の中腹で見ていた12人のリポーターやカメラマンたちは、もっと見晴らしのいい場所があるはずだと、すぐに結論を出した。私は、爆発から25分以上経ってから、最後の一人としてその場を後にした。

この時、白球は山までの距離の半分近くを、1分間に1マイルのスピードで移動していた。標高6295フィート(約1.91㎞)の山の頂上と同じ高さにあるようだ。下山すれば避けられるはずだ。私は一人で20マイルほどの山道を半分ほど走ったところで、実験場の方に目をやると、放射性雲の「幹」に何が起きているのかがわかった〉」(書籍『サイレント・フォールアウト』より)

核実験をショーに見立てて、ラスベガスを観光地化しました。

核実験の様子は絵葉書にもなった

そして核実験の様子をメディア(記者クラブみたいに)に取材させたのです。

「アトミック・ガール」と言われた女性たちも、きのこ雲の前でポーズ

エキサイトすることを「アトミック!」と言って国民を熱狂させたという光景を想像すると、〝狂っとる〟としか言いようがないですね。

ヒル記者らの記事を読んでみたいです。 当然ですが、記者さんたちも被ばく者です。 
『アンダー・ザ・クラウド』にはトリニティの実験から広島、長崎の原爆投下、その後の核実験に至る過程を、アメリカ目線(公文書などの資料を元に)で書かれています。

見過ごしてならないのは「戦争を終わらせるために原爆投下した」というのは大きなウソで、アメリカ国民に「原爆投下の正当性」を訴えるために投下したというのが、よくわかりました。せっかくなので、紹介したいと思います。

p82「テスト開始」の章より)「カーティス・ルメイ将軍でさえも、この兵器にはあまり乗り気でなかった。彼は、原爆がなければ、あるいはロシアの満州侵攻がなければ、戦争は『2週間で』終わっていたと予測していた。 原爆投下から1ヵ月後、この暴言将軍は『原爆は終戦とは全く関係がない』ときっぱり言い切った

日本国内では「核抑止論」が出てきますが、「核」を持つために核保有国が今まで何をやってきたのか。少しずつ検証していきたいと思います。 

この記事を書いた人

村田くみ