SFジャーナル:京都が原爆投下をまぬがれた理由は「国務長官の新婚旅行先」だったから!?

伊東監督が今、夢中になっていることの一つに「マンハッタン計画」があります。第二次世界大戦中にアメリカ、イギリス、カナダが共同で始めた、原子爆弾を這発、製造する極秘プロジェクト。ウラン、プルトニウム型爆弾を完成させて広島、長崎への投下だけでなく、一般市民に対しても放射性物質を注射・摂取させる「人体実験」まで行っていました。

マンハッタン計画に関してはこれまでも多くのメディアが報じているように、45年5月2回目の目標検討委員会では広島、京都、広島、小倉の4都市が選定され、のちに京都が外れた理由として、「京都は歴史的な建造物があるので除外された」と伝えられています。

映画「オッペンハイマー」でも、マンハッタン計画の最終局面でスティムソン国務長官など中心人物の間で、投下予定候補地のリストを取り出し、京都を除外するシーンがあったそうです(映画は観たのですが覚えていませんでした!)。

リチャード・ミラーさんが執筆した『アンダー・ザ・クラウド』には、なんと、グローブス将軍とスティムソン国務長官のやりとりが実写さながらリアルに書かれていました。スティムソン国務長官の新婚旅行先が京都だったので、京都が除外された、という説にはびっくり仰天でした(※諸説あり)

たくさん重要なことが書かれている『アンダー・ザ・クラウド』。邦訳が出ることを望んでいます!

(以下、『アンダー・ザ・クラウド』前奏曲の章より)

9年前の1926年10月2日の午後、京都の都ホテルには2人のアメリカ人が訪れていた。礼儀正しい中年のディプロマットとその魅力的な妻は、日本に来たばかりで、時折やってくるアメリカ人観光客に溶け込んでいた。彼は最近、雇い主であるカルビン・クーリッジ大統領からフィリピン総督としての職務を命じられたばかりだった。

18号室にチェックインした2人は、美術品の宝庫である二条城の二の丸御殿、庭園が美しい桂離宮、1249年に建てられた三十三間堂など、市内の名所を巡り、この美しく穏やかな街と素晴らしいホテルに「また戻ってくる」と誓い合った。

10月末、彼らは同じホテルに戻ってきた。今回は、5日間と長く滞在した。京都には200以上の神社と1,500以上の仏教寺院があるからだ。京都は日本の心、魂そのものである。

それから3年後、そのアメリカ人観光客は都を訪れることになる。1929年、アメリカは経済が破綻し、ウォール街は大混乱、国内は危機的状況に陥っていた。外交官は、新しい雇い主であるハーバート・フーバー大統領に呼び戻され、新しい国務長官としてワシントンに赴任したところであった。スティムソン氏は、帰国する前にもう1度、この平和な街で夜を過ごそうと決めていた。

1945年6月12日、ヘンリー・スティムソン陸軍長官(当時)は、グローブス将軍の爆撃計画の説明に熱心に耳を傾けていた。

標的委員会は、何カ月もかけてデータ、地図、天気予報を調べ、決定した。核兵器の効果を評価するために、過去に空爆のなかった都市を探した。軍事的、心理的に重要な都市を探した。

この街は、漆の工場や硝酸セルロースを生産するレーヨン工場などを改造して作られたものである。工業地帯は、航空機のエンジン工場や梅小路貨物ヤードなど、2,600万平方メートルを超える広さであった。また、神社仏閣もあり、士気の面でも申し分のない場所であった。神社仏閣があり、日本人の信仰心をくすぐる場所である。神社仏閣があり、日本人の心の拠り所となっていたのだ。

スティムソンはその理由を聞いていた。しかし、グローブスは第一標的の名前を言っていなかった。不審に思ったスティムソンは、グローブスに爆撃計画の詳細を記した標的委員会の報告書を求めることにした。グローブスは、「自分のオフィスにある」と答え、「手に入れるには時間がかかる」と言った。しかし、スティムソンは躊躇しなかった。

「あそこの机の上にある電話を取って、自分のオフィスに電話して、報告書を持ってこさせるんだ」

スティムソンは、ついに直接的な質問をすることにした。

「第一の目標は何か?」

「プライマリーは京都」

「あの街は認めない!」

スティムソンの返事にグローブスは激昂した。京都はグローブスのお気に入りの目標だった。目標委員会を通過し、マーシャル将軍から暫定的な許可を得ていたのに、この老人が何度か京都に滞在していたために、計画を変更せざるを得なくなった。

標的委員会の報告書を読んだスティムソンは、参謀総長ジョージ・C・マーシャル氏の事務所を訪れ、話をするよう提案した。京都は原爆の標的にはならないだろう。おそらく他の都市の一つだろう。横浜、小倉、新潟、広島。

広島は良い軍事目標になる。広島には2万5千人の軍隊が駐留し、三菱工場では航空機のエンジンと船を生産していた。呉港からもそう遠くはない。

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映画のワンシーンになりそうなやりとりですね。スティムソン長官が新婚旅行で見た京都が除外されて、日本の歴史ある神社仏閣が戦災からまぬがれたのはとても喜ばしいことなのですが、私は広島の被爆体験伝承者として被爆体験を伝える活動をしていますので、そういうプロセスで広島が第一目標になったことには胸中複雑です。

歴史はこうした何げない出来事で決まってしまうものだということも後世に伝えていきたいと思いました。

この記事を書いた人

村田くみ