SFジャーナル:トリニティ実験「汚染水」の影響(取材メモからvol.2)

映画「サイレント・フォールアウト」は2000ページに及ぶ資料と、30人もの人のインタビューで構成されています。
その中で、印象深いエピソード、取材メモなどから紹介していきたいと思います。
(取材者さんたちから許可は得ています)
今回も『アンダー・ザ・クラウド(UNDER THE CLOUD)』から、アメリカ政府が隠蔽してきた事実を紹介したいと思っております。

Chapter2・「グラウンドゼロ」では、元米国労働安全衛生職員のリチャード・ミラーさんの印象深い語りがあります。

「1951年1月のある日、曇りがかったフィルムが出てきたんです。コダック社にはガイガーカウンターがありカチカチと音を出し始めたので、軍と原子力委員会に電報を打ったのです。『こちらコダック社』、『一体何をやっているんだ』、放射性降下物がニューヨークビンガムトンまで到達したことに誰もが仰天しました。そのことがきっかけで軍とアメリカ原子力委員会は、放射性降下物が国中を移動するのを追跡すべきだと気がついたのです」(映画「サイレント・フォールアウト」より)

かろうじて「ネガフィルム」を使ったことがある世代とはいえ、「どうして写真のフィルムに放射性降下物が付着したのだろうか」と、言葉の意味がよくわかりませんでした。

ミラーさんが出版した『アンダー・ザ・クラウド(UNDER THE CLOUD)』(監督が独自に翻訳した)には、その部分について詳しい解説が掲載されていました。

「ニューヨーク州ロチェスターでは、工業用X線撮影に使われる14×17インチの緑色のフィルムに、ピンホール大の小さな点や細い線が現れるというフィルムの欠陥が目立ってきた。秋が深まるにつれ、その伝染は広がり、中には数百個もの斑点で汚れてしまったものもあった。コダック社は、以前、東部の工場で、自然界に存在するラジウムを含んだ紙を発見したことがあった。厚紙製のフィルムセパレーターは、分析のために研究所に送られた。

(中略)

やがて、コダックの放射線専門家が、その事実を突き止めた。白い小さな点は、7月にニューメキシコ州で起きた原爆の痕跡である。

原爆の中性子線が、土壌に含まれる安定したセリウム140を放射性物質セリウム141に変えたのだ。この放射性物質が上昇気流にのって北東に運ばれ、ウォバッシュやアイオワの水源に降り注いだのである。その後、セリウムは工場に流れ込み、ついにはロッシュ・エステルにまで到達して、絶え間ないX線照射でフィルムをダメにした」(『アンダー・ザ・クラウド』フォールアウトの章より)

フィルムを保護するための資材が放射性物質で汚染されていた、ということだったのです。汚染源は「水」でした。

ちなみにトリニティ実験とは1945年7月16日、ニューメキシコ州の砂漠で行った人類史上初の核爆弾の爆破実験です。マンハッタン計画の集大成として実施されて、ここから核開発の競争が激化していきます。

映画「オッペンハイマー」では、語られませんでしたが、周辺住民や軍の作業員たちは放射性降下物(死の灰)を浴びました。事前情報がなかったからです。『アンダー・ザ・クラウド』にも、実験場周辺の家畜、牛の毛が抜けて白髪が生えてきた、といったような「異変」が確認されたという記述がありました。

日本人として見逃してはならない記述もありました。写真のフィルムやトリニティの実験場でも放射性降下物が検出されていたのにもかかわらず、広島や長崎では「放射性物質が検出されなかったこと」を示そうと努力したこと。

終戦直後、アメリカ政府では調査委員会が発足し、医学的な影響などを調査しました。この委員会の役員は、マンハッタン計画の現場責任者でもあるトーマス・ファレル将軍から、「委員会の目的は原爆が広島と長崎に放射能を残していないことを証明することである」との説明を受けました。

こうして広島、長崎の被爆者は長い間、何の手当も受けられないまま放置されてきたのです。

核抑止論が出てきますが、「核」を持つために核保有国が何をやってきたのか。少しずつ検証していきたいと思います。

ミラーさんと話がはずむヲタク

この記事を書いた人

村田くみ