SFジャーナル: 活躍するセントルイスの女性たち

街中には冬の終わりを告げる黄色い鮮やかな「ミモザ」をよく見かけますね。今日3月8日は国際女性デーで、国連が制定した女性の権利向上、地位向上、ジェンター平等の実現を目指す国際的な記念日です。1900年代初頭に女性労働者によるデモが起源で、イタリアでは感謝の意を込めてミモザの花を贈る習慣から「ミモザの日」と呼ばれるそうです。 https://www.plan-international.jp/girlslab/meaning-womensday/

映画「サイレント・フォールアウト」でも、核実験に反対する女性たちが出てきますし、ルイーズ・ライスさんをはじめ多くの女性たちが登場していますが、セントルイスは活躍した女性がたくさんいた街でした。

ルークリッターさん(左)と資料を見る監督

ニューメキシコハイランズ大学助教授のルーク・リッターさんは、「活躍した女性の一人に女性参政権活動家のエドナ・ゲルホーンがいます。彼女は女性有権者連盟のセントルイス支部を率いて、大気汚染を規制するためのいくつかの重要なキャンペーンを行いました」と教えてくれました。

「家庭や子どもに関連する政治的問題を自分たちの専門分野と見なしていました。たとえば、エドナ・ゲルホーンは断固として『フェミニストではなく、たまたま女性だった市民』と語っていた。1930年代にセントルイスを襲った、耐えがたい黒い石炭のスモッグは、女性たちに産業における煙の規制を改革することを強いました。何万人もの女性の支持を得て、セントルイス市長のレイモンド・タッカーは画期的な大気汚染プログラムを開始し、40年以降、街の空から目に見える汚れた石炭の煙をほとんどなくしました。タッカーのモデルプログラムの設計と実施に尽力した女性たちと相談するために、全国から活動家が訪れたほどです。核実験を中止したセントルイスの市民たちがアクションを起こす前にこのような下地となる活動があったのです」(ルークさん、書籍『サイレント・フォールアウト』4章サイレント・ヒーローp133)

そして、乳歯調査に関わった女性たちは、この核実験による環境汚染の問題をこれまでの運動の延長線上にあるものとして認識していました。

1950年代のセントルイス

プロジェクトに参加した女性の多くは、汚染された食品に対して積極的に抗議活動をしていて、消費者組合は乳歯調査を開始するための最初のキャンペーンの一部だった。

「核の問題を政治というステージだけで考えてしまうと、核兵器を持つ国と国のチカラ関係の象徴と捉えられてしまう。核の問題は命と健康を脅かす環境問題であるという視点で、対話を重ねながら突き通す必要がある」と、書籍のなかで監督は指摘しているように、まさに今、それが求められていることだと思います。


女性たちの議論は国境を超えて行っていた、エピソードもあります。

「政府の席を占める多くの男性たちが間違ったことをしていると考えていた女性もたくさんいました。一部の女性たちは政府の男性たちを素通りして海外の女性たちと核廃絶について話をするようになりました。例えば ペンシルベニア州ブリンマーで開かれた会議ではアメリカの女性たちが、平和のための女性ストライキに参加し、ソ連の女性たちと一緒に『どうすれば政府の男性たちに核軍拡競争を止めさせることができるのか』と、一緒に戦略を議論することができたのです。これは非常に大胆なことでした」(ルークさん、書籍『サイレント・フォールアウト』第4章サイレント・ヒーローp134)

そして、ルイーズ・ライスさんは「乳歯調査」を担当するディレクターに任命され、「並外れた仕事」をしたとルークさんは言います。映画のなかでは時間の関係で語られていませんが、乳歯を集める前に「まず放射能とは何か」市民に知ってもらおうと『原子力情報誌』を創刊し、放射性降下物や原子力科学の様々な側面について、一般の人々にわかりやすく解説する勉強会を開いたそうです。

また全てのメディアを使ってキャンペーンを開始しました。エリックさんも「よくメディアがウチに来ていた」と言っていたようにマスコミ対応を一手に引き受け、乳歯を提供すると、歯のない笑顔の子どもと調査に協力したという印のバッジがもらえるという、広告キャンペーンを展開しそれがヒットしたのはご存知通りです。

キャンペーンは大成功

さらには、乳歯調査のメンバーと手分けを地元の公立学校などを訪問し、子どもたちにこのプロジェクトについて説明してまわり、ほかの女性活動家、団体に〝共闘〟を呼びかけ、カトリック協会、ユダヤ人協会、歯科医師会のセントルイス女性助手団体、公立学校で働く多くの人たちからボランティアを集めました。

子どものストロンチウム90の摂取量を正確に測定するためには年間5万本の乳歯が必要だったのですが、ルイーズさんらの働きで、59年には早くも5万本の乳歯を集めることに成功したのです。そして69年までに合計32万本の乳歯を集めました。

ルイーズさんは夫・エリックさんの転勤によって63年にセントルイスを離れますが、それまでに多くの論文を書き残したそうです。その一つが、ケネディ大統領を動かした61年11月24日サイエンス誌に投稿した論文です。

60年前女性たちが行動を起こさなければ、地下で行われた828回の核実験は地上で行われていたかもしれない。そうなったら地球は生物が住めない環境になっていた、と監督はよくアフタートークで言うように、住み良い地球を次世代に渡すことがわたしたち大人の責務だと思いました。

この記事を書いた人

村田くみ