推し活がブームです。
アイドル、俳優、スポーツ、さまざまな推し活をやっている人がいますが(私はお相撲さんです笑)、みなさんはどんな推し活していますか?
SFスタッフも「推し活」を始めました!
〝推し〟は日本原水爆被害者団体協議会四国地区代表理事の松浦秀人(ひでと)さん。
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2025年12月14日(日)愛媛県・砥部町で開催された講演会の様子を送ってもらいました!

松浦さんはお母さんが広島で被爆(爆心地から約3キロの南観音町・現西区)。
お父さんが徴用工として勤めていた三菱重工の社宅にいたとのことです。2日後の8日に愛媛の実家に避難し、11月に松浦さんが生まれました。
お父さんは7月に招集され、復員するも49年に胃がんで他界し、母一人子一人で大変なご苦労をされました。
(参考)伊方原発をとめる会ニュース(24年11月25日 No.49)
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講演会のパワーポイントで印象的だったのは「戦後被爆者の苦しみ」というスライドです(以下、許可を得た上で抜粋します)。
①入退院の繰り返しや長期の体調不良(数年間の下痢)は、失業と貧困に直結
②原爆ブラブラ病(原因不明の極端な疲労感)
検査数値に異常が出ないため、家族にも理解されない。
③被爆知人の突然死による「死の恐怖」子どもは20歳まで生きられないという噂も。
胎内被爆者連絡会で18歳まで広島・長崎で育った会員と愛媛の私との違い。
時限爆弾を抱えているのか不安感を持たざるを得なかった青年期。
④結婚・就職等の差別、遺伝の不安(青年期の私の悩み)、子の孫の健康不安
⑤数年後以降の白血病やガンをはじめとする全身症状
=ならなくてもよい病気が発症し、回復すべきところが重症化=晩発性障害
⑥生き残った者の「後ろめたさ」「罪の意識」や「生きる値打ちがあるのか」の悩み
⑦原爆は「からだも、くらしも、こころも破壊」、戦後も苦しめる非情
原爆・放射線の恐ろしさは、巨大な殺傷力・破壊力にとどまらず、戦後数十年にわたり身体を蝕み続け子や孫などに時空を超える被害
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私は広島の被爆体験伝承者、長崎の交流証言者として「8月6日、9日」を伝える活動をしています。被爆体験だけでなくその後抱える〝生きづらさ〟も伝えています。聞き取りを重ねながら、その時疑問に思ったこと(例えば、徴用工とは何なのか、日本人も徴用があったのか、とか)を質問をしたとします。質問を繰り返して、時にはフィールドワークで目で見て確かめながら「読み物」に仕上げていく作業をしています(本業)。監督の本業(テレビのドキュメンタリー)も同じですね。
「質問」を繰り返して一本のストーリーに仕上げる。そこに、国や権力に対する疑いのまなざし、視点が入ることがジャーナリズムの原点だと思っています。
松浦さんの被爆体験だけでなく、ジャーナリズムの原点(^^)映画「サイレント・フォールアウト」に登場する被ばく者の話も伝えていきたいですし、聞き取り(推し活)はチームで続けていきたいと思っております!
伊東監督プロデュースの「えひめ情熱人」(南海放送)でも松浦さんのインタビューがアップされています!
4話
3話
2話
1話
推し活=被爆体験を語り継ぐ活動は、私のように語り部になる以外にもいろんな方法があります。
みなさんも気軽に参加してみませんか?

